安倍時代、なぜ韓日関係だけが後退したのか振り返る必要
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韓国で安倍元首相は「極右政治家」として知られている。その首相在任期間における韓日関係は1965年の両国国交正常化以降で最悪だったため、驚くようなことではない。安倍元首相と言えば強制徴用、慰安婦、歴史教科書、半導体先端材料の対韓輸出制限を思い出す人が多い。安倍元首相が日本の政界において最も右寄りであることは事実だが、そのイメージのほとんどは文在寅(ムン・ジェイン)政権時代の「竹槍外交」(竹槍は19世紀末の東学党による日本軍に対する反乱を象徴するもの)によって作られたことも否定できない。
数年前に日本に行った時、ベテラン・ジャーナリストに「政治家・安倍氏の強みは何か」と尋ねた。すると、少し意外な答えが返ってきた。「日本の政治家の中で右翼を制御できる人は安倍氏だけだ」という答えだ。右翼に反対する政治家、右翼を扇動する政治家はいても、右翼に振り回されず、決定的な瞬間に停止信号を送り、その信号が伝わって聞き入れられる政治家は安倍元首相しかいないというのだ。そのため、支持基盤である右翼が「安倍に裏切られた」と言って猛烈に反対したのにもかかわらず、2015年の韓日慰安婦合意を導き出すことができたという説明だった。文大統領はこの政府間合意の実践を先送りし、2017年12月に代案のないまま合意破棄を宣言して両国関係は泥沼にはまった。
日本では安倍元首相の治績として、揺らいでいた日米同盟をしっかりと建て直し、安保の不安を解消し、バブル崩壊以降の20年間にわたり不況にあえいでいた日本経済に再生の希望を吹き込んだことが挙げられている。同氏は在任中、トランプ米大統領との首脳会談に14回臨んだ。会談のたびにトランプ氏は「米日同盟は米国にとって不公平だ」と圧力を加えた。安倍元首相はこのような日米関係を、北朝鮮がミサイルを発射すればトランプ氏が文在寅氏ではなく安倍氏に先に電話して意見を聞くような関係にまで引き上げた。「衰退する日本と衰退する米国は、互いに力を合わせなければ中国を阻むのが難しい」というのが安倍元首相の基本的な考え方だったという。米国は安倍元首相の死去後、米国のインド・太平洋戦略樹立にアイデアや表現まで提供した政治家だったと持ち上げた。
日本の株価は1989年12月、3万8915円という過去最高値を記録した。この株価が1990年初めから崩れ始め、2011年には8445円にまで下がった。この状況で政権を執った安倍氏は、アベノミクスという経済政策を通じて株価を任期終わりごろには3万円台近くにまで引き上げた。アベノミクスは当初掲げた政策目標の数値を半分くらい達成したと評価されている。500万件の雇用を新たに創出したのは大きな成果だった。
韓国と日本は国益が異なり、国益が異なれば政治家の路線が変わり、路線が異なる相手国の政治家に対する評価も変わる。そうだとしても、安倍氏が執権していた間、日本との関係が疎遠になった国が世界中で韓国しかないなら、そうさせた時代と原因を今一度振り返ってみるべきだろう。
安倍元首相は最大派閥という数字の力により、党内4位の小規模派閥のトップだった岸田文雄氏を現首相にした。岸田首相にとって、安倍元首相は上皇のようにやりにくい存在であると同時に、合意さえすれば政策の実践が保障される応援軍でもあった。穏健派の岸田首相には右派を動かす力がない。屋根が消えた右派がどこにすっ飛んでいくのか誰も分からない。韓日間の問題は右派の壁を越えられなければ合意も実践も不可能だ。韓国の前向きな姿勢に対して、岸田首相が薄氷を踏むように用心して言葉を選んでいるのには、そうした背景がある。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の対日外交は綿密に行わなければならない。
姜天錫(カン・チョンソク)顧問
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2022/07/22/2022072280102.html
引用元: ・【朝鮮日報コラム】安倍氏なき日本、さらにやりにくい相手になるかもしれない [7/24] [昆虫図鑑★]
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>尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の対日外交は綿密に行わなければならない。
期待するだけ無駄でわ。