坂本さんは原発や政治に話が及ぶと「福島のおじいちゃん、おばあちゃんが入っていけるようなデモの形を考えないと」「避難している人たちがまだたくさんいる。その人たちをほっといて、なぜ東京で五輪をするのか」。その言葉は震災と原発事故で被災した人々への思いに満ちていた。
01年9月11日の米中枢同時テロをニューヨークで、11年3月11日の東日本大震災を東京で経験したといい「9・11では米国が帝国主義、覇権主義の国といわれることを、3・11では日本は本当に民主主義の国なのかと、考えさせられました」とも語った。
震災3年後の14年3月、坂本さんは、原発事故による帰還困難区域として全住民の避難が続いていた福島県双葉町を訪問。「戦場が、そのまま残されたかのよう」「原発を推進してきた人、推進しようとしている人に被災地の現実を見てもらいたい」と、変わり果てた町を目にした衝撃を本紙に語った。
同年7月に中咽頭がんが見つかり、年内の活動休止を発表。その年の11月、本紙記者との討論をまとめた本「坂本龍一×東京新聞 脱原発とメディアを考える」が発売され、コメントを求めると、マネジャーからメールで「申し訳ないですが、難しいようです」と返信が届いた。
その後寛解したが、今度は直腸がんに。闘病中の23年3月、福島の原発事故から12年の思いを本紙に寄稿。政府の原発回帰の方針に「なぜこの国を運営する人たちはこれほどまでに原発に固執するのだろう」と批判した。
同じころ、東京の明治神宮外苑地区の再開発問題に対する書面インタビューにも応じ「生まれ育った東京が美しく魅力的な場所であってほしい」と語った。
インタビューは、美しい樹木や景観、環境を壊す開発のあり方に反対し、東京都知事らに陳情の手紙を送ったことを取材してほしいという坂本さん側からの申し入れで実現。故郷・日本の人々への思いを託されたかのようだった。
東京新聞
2023年4月2日 23時22分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/241720
引用元: ・【坂本龍一さん】「福島のおじいちゃん、おばあちゃんが入っていけるデモを」 庶民のサカモト 神宮外苑再開発にも反対 [クロ★]