小川:『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の中で、「国語力のカースト」の話が印象的でした。
国語力によって学校の中で階層が分かれるのです。言葉を持っていない子どもたちは同じような子と集まり
粗雑なやりとりをする一方、言葉を持っている子たちは、豊富な語彙で複雑なコミュニケーションをしているんですよね。
石井:普段の学校生活の中では、国語力のある子のグループが有利というわけでもありません。
むしろ、乱暴な言葉遣いをする子のグループが力を持っていたりします。
でも、グループ内の人間関係が悪化したときなどに、言葉を持たない子たちはトラブルになります。
小川:今回『超こども言いかえ図鑑』を作ったのは、何でも「ヤバイ」とか「マジで」と言う子どもたちの
語彙力を不安に思う親が多かったからというのもあるんですが、単に語彙を増やすだけではなく裏にメッセージがあるんです。
ここに登場する、「ヤバイ」ばかり言う「ヤバオ」、言葉を知っている「デキル」
大人顔負けの語彙力の「文豪くん」といったキャラクターたちが
それぞれ言葉が違うので最初は仲良くないけれど、お互いの言葉を認めてコミュニケーションする中で
最後は仲良くなれるという物語にしています。言葉は、自分のことを伝えたり
いろいろな人とコミュニケーションするためにあるんだよというのをテーマとして持っています。
実際には難しいのでしょうけど…。
石井:言葉が違うということは、思考も違います。思考は言葉を使ってするものですから
少ない語彙で考えるのと豊かな語彙で考えるのとでは深さが変わります。
思考が違う子同士は付き合えないんですよね。
先日、ある高校の図書委員の子たちと話したら、面白いことを言っていました。
「私は多くの語彙を知っているが、そのことによってソンしている気がする」。
物事を深く考えられるようになると、余計な悩みが増えるというんです。
自分の内面にも向き合わざるをえず、周りの人があまりそんなことを考えていない中では、孤独になってしまうんですね。
小川:なるほど、確かに。なかなか周りの子に理解してもらえないかもしれません。
●多様な分断社会
石井:でも、彼らは、同じように深い思考をし、語り合える仲間を見つけられるでしょう。だからいいのです。
言葉の少ない子はそういうこともできません。
しかも今は、ゲーム好きな子とYouTube好きな子で使う言葉が違いますし
細かく分かれてしまっています。同じクラスでも、違う言葉を話す子たちがたくさんいるわけです。
そんな中で、「みんなで仲良く」「多様性を認めて」生きていくのってものすごく大変ですよね。
小川:昔はメディアが限られていたので共通言語があったものが、今はバラバラになっているわけですね。
石井:何人かの先生に聞いたところによると、今の高校生はクラスの半数と喋ったことがないまま卒業していくそうです。
名前も知りません。名字はわかっても下の名前がわからないんです。
嫌いなわけではないけれど、文化が違うから交わらない。コミュニティも小さくなっていて
2~3人で1つのコミュニティになっています。多様性社会というより、多様な分断社会ですよね。
続きはnobiko 7/21
https://family.php.co.jp/2023/07/21/post_6838/
引用元: ・【国語力】言葉遣いで「クラス内カースト」が決まる…子どもの間で深刻化する分断 [おっさん友の会★]
親の収入や社会的地位が
子にも現れる
カワイイ
あれクラスに多数いたらキツイわ。