https://news.yahoo.co.jp/articles/ae778e308b479a06991e64b0b726e1b6aec20cd3正月の風物詩、福袋。ホビーやアパレルだけでなく、最近は飲食チェーン店もさまざまな福袋を発売している。予約制もあるが、多くは行列必至だ。行列といえば、今や見ないことはない存在が「転売ヤー」。限定された日本の人気アイテムは、すぐに転売ヤーたちに目をつけられる。極端な買い占めなど、一部の転売ヤーによるマナー違反行為はニュースでも目立つが、彼らの素顔はどんなものなのか。違法とはいえない転売商法には、どこに問題があるのか。また、なぜ日本人はこれほどまでに転売ヤーに拒否反応を持ってしまうのか。転売ヤーたちに振り回される現代日本について、識者たちに話を聞いた。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
陶器市にも転売ヤー
原宿、新宿、秋葉原、東京ディズニーリゾート……。連日東京都内を中心に、日本各地で「転売ヤー」たちが活発に動き回っている。これまで転売されるアイテムといえば、ゲームやスマホ、スニーカー、ウイスキーなど比較的高額なものが主流とされていたが、今はキャラクターグッズから文房具、工芸品、年始早々の福袋まで、ありとあらゆる「限定品」が対象となっているようだ。
2024年11月、栃木県益子町の陶器市へ、お目当ての作家作品を買いに出かけた横浜市の主婦Iさんは、目の前で中国人女性の一団に器を買い占められて愕然としたと話す。
毎年の春と秋、年2回開催される益子陶器市(写真:kriver/イメージマート)
「長く通っていますが、ここ数年、ちょっと様子が変わってきたなと感じています。でもまさか目の前でごっそり奪われるなんて。こんな趣味系のものにまで転売ヤーが手を出してくることにびっくりして、腹が立ちました」
出店していた陶芸作家のNさんは言う。
「一度に大量に買っていく転売ヤーを防ぐために、(購入の)個数制限をする作家も増えています。耐熱陶器用の粘土そのものが中国の人に買い占められるという現状もあって、いろいろ悩ましい。一般の陶芸ファンの方からすれば、買いづらくなっていると思いますし、私たち作家も、目の前で愛情なく買われる作品たちを見て、悲しい気持ちになります。とはいえ、『あなたには売りません』とも言えませんし」
転売ヤーの実情に詳しいフリーライターの奥窪優木さんは、最近の「転売商材」についてこう話す。
引用元: ・「転売ヤー」への拒否感はなぜ生まれる? アレルギー反応との指摘も [582792952]
「工芸品の転売は最近よく聞きますね。盆栽も注目されています。こういう、コアなファンがずっと狙っている、趣味性の高い商材はターゲットとして長く続くと思いますね。かと思うと、先週まで熱かった商材に、いきなりピタッと誰も見向きもしなくなるようなこともあって、変化は激しいです。最近主流なのは、キャラクターグッズのように単価が安くて、利ざやも薄いもの。さっきも新宿で『モロール』の限定品を中国人転売ヤーが路上で数えて、『買い子』とお金の受け渡しをやっていました」奥窪さんは転売ヤーたちの日頃の動きについて「X」やLINEのオープンチャットなどでチェック。転売情報や日雇い掲示板を見て、現地に赴くこともあるという。
「転売ヤーたちも、SNSをウォッチしてアンテナを張っています。日本でこういうものが発売されるらしいという情報には、つねに目を光らせていますよね」
転売ヤーに抱く「不労所得感」
ここ最近だけでも、東京国立博物館におけるハローキティグッズの買い占めや、原宿でのトラブルなど、中国人転売ヤーのニュースをたびたび目にするが、実態はどんな人々なのか。奥窪さんは、実際にディズニーランドでの転売ヤー集団に同行取材している。ひとりにつきチケットを複数枚用意し、限定グッズを買い回る体力勝負のワンデー仕入れツアー。率いていたのは、30代の中国人女性だったそう。
「中国の人って、雇われるよりも自分のビジネスがしたいという意向が強いんですよね。彼女もそうで、はじめはヤミ民泊みたいなことをやってたんですけど、コロナでダメになったから転売ヤーになったと。今はまた並行して民泊をやっています。暮らしぶりは、日本の会社員よりはいいと思いますよ。ファッションには無頓着ですけど、最新のiPhone Pro Max を持ってたり。一緒に買い付けに回った“見習い転売ヤー”たちも、中国からの留学生。これは僕の肌感覚ですけど、留学生は3人に1人くらいは転売に関わった経験があるんじゃないかな。ひと昔前までは、コンビニでアルバイトしている中国人をよく見かけましたけど、今全然いないじゃないですか。単純労働するくらいなら、転売をやったほうがよっぽどもうかる。スマホでライブしながら買い付けるので、売り先も決まっていて、損することもほとんどないですからね」
奥窪さんが買い付けに同行して一番印象に残ったのは、中国人転売ヤーを眺める日本人の視線の冷たさ。ホスピタリティーが自慢のディズニーランドのキャストたちもかなり冷たかった、と振り返る。「一度『この荷物見てて』って言われて、ちょっと外で待ってたんですよ。僕も仲間に見えますよね。『うわ~、あれが転売ヤーだよ』という感じで、写真を撮られたりして風当たりは強かった。中国人転売ヤーたちも、日本人から嫌われてるっていうのを自覚はしていると思うんですけど、罪悪感はないと思います。法を犯しているわけではないし、何が迷惑なの、と。なんなら、自分の編み出した転売の手法を自慢げに教えてくれたりもしますね」
モノを安く仕入れて、高く売る。これはビジネスの基本だ。
よく転売は「せどり」と比較されるが、せどりは古本や中古品を扱うことが多く、そこに一定の目利きの力が働いているとされる。一方転売は、小売店から新品を仕入れて販売する。どちらも犯罪ではないが、転売にいいイメージを持たない人は多い。
「転売ヤーを目の敵にしている人って、日本では多いと思うんですよ。いかにもムカつくあだ名ですしね(笑)。やっぱり不労所得感があるからでしょう。本当のファンには届かなくなって、日本以外や、お金のある人にだけ届くのですから、不満を抱くのは当然です。でも例えば、日本人のバイヤーが海外へ行って、二束三文でコンテナ1個分の洋服をバンと買ってきて、10倍以上で売りさばく、これと別に変わらないんですよ。でも中国人転売ヤーは、目に見えるところで並んで買い占める。その絵をマスコミが伝える。円安もあって、さらに憎悪が高まっていくという図式です」
影響しているのは、日本人の「お金に対する考え方」かも
転売ヤーをネット検索すると、「嫌い」「~のせいで」「うざい」など、ネガティブな言葉があふれている。違法ではない場合がほとんどなのに、なぜ日本人はこれほどまでに転売ヤーが苦手なのか。そこには日本人の「お金に対する考え方」が大きく影響している、と社会心理学者の碓井真史さんは指摘する。
「戦後も日本では、西洋のチップという習慣がまったく根づきませんでした。コインを大人に渡すのは失礼なことをしているように感じるんですね。旅館で仲居さんに『お世話になります』と心づけを渡すときは、紙に包む。これらは、日本人にとってお金というのは汚いもの、卑しいものという認識があるからです。また昔から、お金は大切だからむだづかいしてはいけない、お金というものは汗水たらして働いて初めて手に入るものであるという教育がなされてきました。『士農工商』という身分制度がありましたけど、お侍さんの次に偉いのは表向きに農民ということにしたのも、そういうことかなと思います。お米を作る人の次に偉いのは工業製品を作る人。商売なんかをするやつは一番下だという。その感覚が今でも残っていて、一生懸命荷物を100個運んでお金をもらいましたと言えば、真面目な働き者だと尊敬される。ところが株や土地でもうけましたなんて言ったら、『なんだあいつは』となるわけです。いわんや外国人の転売をや、です」碓井真史さん(本人提供)
モノを右から左へ動かすだけで金もうけをする。行列に割り込んでわれ先にと限定商品を買いあさる。その強引さを「マナー違反」だとして、日本人がアレルギー反応を起こしている状態だと碓井さんは言う。
「日本人は行列でも割り込まない、割り込んではいけないのだと考えている。でも、隙間があったら割り込んで当たり前でしょという文化もある。あとは数ですよね。転売ヤーが1人2人ならまだしも、大挙して押し寄せてくる感じに日本人は恐怖を覚えているのかも。どの国でもそうですが、少数派の外国人が元の文化の中である意味小さくなって生きているうちは、みんな優しいんですよ。ところが、数が増えて力を持ち、金もうけをし始めると、非難がはじまります」
撮影:殿村誠士
「日本人による中国人転売ヤーへの批判の中には、ちょっと理不尽なものもあると思う」
そう言うのは、先の奥窪さんだ。
「日本はずっと定価販売。しかし転売市場では、お金を持っている人が限定品を手に入れることができて、定価では手に入らない人が出てくる。これまで1億総中流と言われてきた日本が、まざまざとその格差に直面しているからこそのアレルギー反応かな、と。日本以外で、転売ヤーにここまで罵詈雑言を吐く国民も、あまりいないのでは。アメリカでは、野球のチケットもダイナミックプライシングになっていて、同じ球場で同じチームが試合しても、例えば大谷翔平が出場する試合としない試合で、値段が違ったりするんですよね。最近では日本の宿泊業界もダイナミックプライシングの導入が進んでいて、かつてはさんざんたたかれた日ごとの価格変動も、当たり前になりつつあります。あらゆるものの値付け方法に変化が進めば、最近また話題になった興行チケットも、転売ヤーが入り込む隙間はなくなっていくんじゃないかなと思いますけどね」
さらに、「転売を許容することもこれからの社会のあり方のひとつなのでは」と奥窪さんは提言する。「なんでも定価で買えた社会から、いきなり転売ヤーにモノを奪われるみたいなショック状態にあると思うんですけど、転売ヤーをどう扱っていくかという問題は、もっと理性的に話し合う必要があると思います」
碓井さんの意見も、奥窪さんに近い。
「転売と聞くと、すぐに『汚いぞ』というような思いを持つんですけど、それを『でも、考えてみれば……』という冷静さで、感情を抑えることができるかどうかが大切だと思います」
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奥窪優木(おくくぼ・ゆうき)
1980年、愛媛県松山市生まれ。フリーライター。上智大学経済学部卒業後に渡米。ニューヨーク市立大学を中退、現地邦字紙記者に。中国在住を経て帰国し、日本の裏社会事情や転売ヤー組織を取材。最新作は『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)。
碓井真史(うすい・まふみ)
1959年、東京都墨田区生まれ。社会心理学者。新潟青陵大学大学院教授。博士(心理学)。日本歯科大学新潟生命歯学部、新潟厚生連佐渡看護学校他の非常勤講師、新潟市スクールカウンセラーを兼任。テレビ、ラジオでも活躍。『あなたが死んだら私は悲しい』(いのちのことば社)ほか、著書多数。