岡嶋 裕史 中央大学教授
2026/01/04 8:00
結婚も就職も価値観が多様化し、自由に選べる時代となった。中央大学教授の岡嶋裕史さんは「現代社会は、生き方を自分で決めなければいけない社会でもある。実は、多様性はユートピアではなく、かなりしんどい状況だ」という――。(第2回)
目次
1.「自由で多様な社会」は実はめんどくさい
2.他者との比較合戦は地球規模になった
3.終わりの見えないマウント合戦
4.「いいね」は居場所と安心感の源泉
5.「自由」を喜べるのは強い人だけ
6.お金持ちでも居場所は見つかるわけではない
7.多様性の社会はかなりしんどい
※本稿は、岡嶋裕史『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
「自由で多様な社会」は実はめんどくさい
私たちは風通しの悪い、古い因習からの脱却を目指しました。閉塞・固定した価値観から多様性へ。個人は尊重され、自分の人生を自分で選択できるようになりました。情報技術もこれに手を貸します。
単一の情報をブロードキャストするテレビ、ラジオから、インターネット上に星の数ほどもあるウェブページやブログ、Xへ。
数え切れないほどの人が、信じられないほど様々な活動をしている様子を見て、自由な時代を生きていることを実感します。
しかし、自由は責任もともないます。能力も要求されます。誰か(家父長でもなんでもいいです)に指示されてしぶしぶそれに従うのは、窮屈で死ぬほど嫌なことですけれども、いっぽうで何も考えなくても他者が進路を決めてくれたり、人生のステージを勝手に進めてくれたりします。うまくいかなくても、自分ではなく、自分に指図をした人のせいにして溜飲りゅういんを下げることもできるでしょう。
自由で多様な生き方が許される社会では、生き方を自分で考えて自分で決めなければなりません。めんどくさいです。何かを決めるのは怖いことです。なかなか決断できず就職や結婚の時機を逸した人も多いでしょう。仮に就職に成功したとしても、うまくいかなかったとしても、常に他の人と比べて自分の人生はそれなりなのか、そうでないのかが気になります。
他者との比較合戦は地球規模になった
支払った努力や我慢ほどには人生がうまく転がっていなかったり、他人より損していたりしたらがっかりします。これは多くの人にとって重要事項です。人類はこの「他者との比較」に、その活動の全期間を通じて苦しめられてきたとも言えます。
でも、比べられる範囲には限りがありました。それがインターネットやウェブやXで世界中の人と比べられるようになってしまいました。
みんなマウントを取るのが大好きですから、X上でキラッキラしている人の投稿など、かなりの割合で盛ったことが書いてあるでしょう。それに気づかず彼我ひがの差に愕然として心を病む人も、自分も盛りに盛った投稿をすることでマウントを取る側に回る人も、盛った投稿という虚偽に我慢できずそれを暴く「正義」を執行することに時間を費やす人も、いました。
この世界規模での他者との比較合戦には終わりがありません。比べる対象は雨後の筍たけのこのように無尽蔵に湧いてきます。みんなが参照する価値観が収斂しゅうれんしていて、「あの水準に達すればまあ満足」「権威者に承認されることで安心」といった社会とは異なり、生きる意味は自分で見出し、獲得し、自分で自分を慰撫いぶしてあげなければなりません。
そこに到達する方法はいくらでもありますが、どれも簡単ではありません。
(略)
引用元: ・【本】「いいね」欲しさに好きでもないのにサウナに行く…「自由で多様な社会」はユートピアより地獄に近いと言えるワケ [少考さん★]
サウナに行って
水虫に
家族の一人が水虫になると
一家がとんでもないことに
5ちゃんで名無しでいるほうが楽チン
これに尽きるよな。
私生活を人に見せたいと思わない。
書き込みが滑って叩かれても翌日にはID変わって転生できる気楽さが良い
今はインターネットから逃げる時代だ

