上杉隆
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原口一博・前立憲民主党(以下、立憲)衆院議員にとって、激動の10日間だった――。
衆院の冒頭解散を睨み、1月16日、立憲は突如として公明党と新党・中道改革連合(以下、中道)を結成する。大義なき野合に猛反発した原口氏は、2年前に立ち上げた政治団体・ゆうこく連合の政党化に奔走する。だが、立憲に離党届を出した20日、ゆうこくに合流が見込まれた議員は中道に入党。衆院解散前日の22日には、チームみらいに合流を呼びかけるも不発。 ところが24日にかつての盟友・河村たかし前衆院議員と電撃的に合流を果たし、新党「減税日本・ゆうこく連合」の結成に漕ぎ着けた。翌25日、熱気冷めやらぬ原口氏が、2月3日発売の週刊SPA!インタビューに応じた。政界を知り尽くすジャーナリスト・上杉隆氏が核心に迫る。
――理念も政策も異なる公明党との合流でしたが、蓋を開けてみれば、中道には立憲の所属議員148人中144人が参加しました。
原口 「尖閣諸島開拓の日」記念式典に出席した石垣島から帰ってきたら、立憲民主党はなくなっていた……。新党結成を問う両院議員総会に参加できないまま、野田佳彦代表への一任が決る。愚かなことをやったものです。党名に「立憲」と掲げながら、民主主義の根幹である手続きを無視した挙げ句、新党入りした立憲の議員は、議席を与えてくれた民意を裏切ったのです。
――中道の比例名簿1位は公明党出身議員が独占し、当選を約束されたも同然です。一方、元立憲の議員は1~2万票といわれる創価学会票を味方に、小選挙区を戦うことになるが、学会の内部文書には「比例区は中道 小選挙区は原則として中道の候補」と記されていた。
原口 元立憲の議員は、比例区での当選も復活もほぼムリでしょう。選挙の当選を目当てに新党に参加したのに、絶望の選挙戦になる。かつての立憲支持層はすでに大きく離れており、中道は壊滅的敗北を喫する可能性さえある。野田代表は民主党政権の首相だった’12年にも同じ過ちを犯し、自民党に政権を明け渡した。今回も、野田代表は立憲を“売党”して、公明党に譲り渡したに等しい。
――政局のキーパーソンである高市早苗首相を始め、野田佳彦、斉藤鉄夫(中道共同代表)、そして原口一博、河村たかし(減税日本・ゆうこく連合共同代表)は、いずれも’94年に結党した新進党のメンバー。当時と比べて、公明党のスタンスに変化は?
原口 まったく違う。最大の変化は安全保障。当時、公明党は平和の党で、護憲政党だったのに、今回の新党結成では、立憲の掲げる「安保法制の違憲部分廃止」を取り上げた格好です。原発政策も稼働容認に踏み込んでいる。昔なら絶対反対していたのに、そうしなくなった。当時も今も僕は保守で右だけど、急速に右傾化した公明党に追い越されました(苦笑)。
党派性ゼロ・人柄重視。他党議員との意外な接点
(略)
※全文はソースで。
https://nikkan-spa.jp/2142923
引用元: ・【減ゆ】「立憲は消えた」原口一博氏が語る“公明合流”への反発と、新党結成10日間の舞台裏 「僕は保守で右」 [少考さん★]

