日本の古代史最大の謎、女王「卑弥呼」の墓とされる説もある古墳で、新発見があったといいます。
この発見で、決着が期待されるのが…邪馬台国論争。
卑弥呼がいたとされる「邪馬台国」は一体どこにあったのか?
「奈良であってほしい」(考古学ファン)
「九州でしょうね」(考古学ファン)
奈良を中心とした「畿内説」と「九州説」がしのぎを削る中、他にも「我こそは邪馬台国」と論争に参戦する地域が。
300年以上続く古の謎に卑弥呼の愛犬もビックリ!?邪馬台国論争の今を「newsランナー」緊急取材です。
■いまだ決着がつかない邪馬台国論争「九州説VS畿内説」
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■「畿内説」裏付ける?新たな発見「渡り土堤」
こうしたなか先週、“畿内説”を裏付けるかもしれない新たな発見が。
3世紀中ごろに建造されたとされ、“卑弥呼の墓”との説もある前方後円墳、「箸墓(はしはか)古墳」。
ここで、墳丘と外部を結ぶ「通路」の役割をもつ、「渡り土堤」とみられる遺構が見つかったのです。
長年、発掘調査に携わってきた橋本さんに聞くと…。
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ただ、橋本さんは、これまでの発見から、「奈良に邪馬台国があった可能性が高い」と話します。
「纒向遺跡が日本で一番最初に、前方後円墳を編み出した場所であって、日本列島各地から人が集まってきたことを示す土器が、大量に纒向遺跡から出てきたりとか、そういうものを総合して見ていった時に、やっぱり纒向っていうのは、一番中心に来るべき遺跡であると言えます」(桜井市埋蔵文化財センター 橋本輝彦所長)
■根強い「九州説」
しかし、先週行われた現地説明会に参加した人に話を聞くと…。
「九州でしょうね。魏志倭人伝の邪馬台国というのは、(卑弥呼と)100人が殉葬されてないといけない。こんなところに100人殉葬者がいてるんかどうか…」(箸墓古墳 説明会の参加者)
「(卑弥呼の後継者とされる)台与(とよ)・壱与(いよ)ちゅうかね、その方の墓がどこか、ちゅうのと、卑弥呼さんとはペアになってると思うので、それが分からないと九州も有力やし」(箸墓古墳 説明会の参加者)
まだまだ九州説も根強い様子。
■書籍も出版「邪馬台国近江説」 弥生時代後期・国内最大級の遺跡
そして、取材を進めると…「我こそは邪馬台国」と参戦する地域がほかにも!
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■「奈良・纏向遺跡こそが当時の首都」と考古学者
そんな中、取材班は、この論争に決着をつけるかもしれない専門家に接触。
長年、纒向遺跡などの研究を続けてきた考古学者の寺沢薫さんです。
「倭国の中心が纏向遺跡に置かれた。この纏向遺跡があるこの場所が邪馬台国」(桜井市纏向学研究センター 寺沢薫センター長)
寺沢さんによると、そもそも卑弥呼は、倭国という複数の国の連合体の女王で、その都があった場所が邪馬台国だったというのです。
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寺沢さんによると、「考古学的には、9割方、邪馬台国は畿内にあった」といいます。
■ついに決着か? 「何が出ても水掛け論」と橋本さん
ついに、論争に決着がつくのか!桜井市の橋本さんに聞くと。
「いや、多分ね、それは決着しないと思います」(桜井市立埋蔵文化財センター 橋本輝彦所長)
魏志倭人伝に書かれている、魏の皇帝から卑弥呼に贈られたとされる「金印」が見つかっていないのです。
「九州の人たちとお酒飲んでる時に冗談で、『纏向(奈良)で金印が出たらどうする?』っていう風にしゃべってたら。九州説の人は『大和の王権が、九州の金印を奪ったと言う』と言いましたので、もう多分水掛け論になるので、何が出ても多分決まらんだろうとは思います」(桜井市立埋蔵文化財センター 橋本輝彦所長)
決着がつかずじまいの「邪馬台国論争」。みなさんは、どこにあったと思いますか?
3/1(日) 11:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/f9c401c4717900a4389b37e0d71378ca956f60f9

引用元: ・【古代】「邪馬台国」は「奈良中心の畿内説」か「九州説」か…邪馬台国論争、ついに決着?奈良県で新たな発見「奈良であってほしい」 [樽悶★]
見苦しい大抵の日本人はどっちでもいい

