「レトロゲーム1000本ノック」という壮大な挑戦を掲げ、膨大な数のタイトルを遊び尽くしてきた、筋金入りのゲーム愛好家としても知られています。本連載では、そんなジャンクマンさんに、今なお色褪せない名作の数々をたっぷりと語っていただきます。
第2回となる今回は、現代の検索文化とは対極にあった「アナログだったあの頃」のゲーム情報収集について。ファミ通やゲーム情報番組を駆使し、攻略本を立ち読みしては走って帰宅した――そんな、不便だけど楽しかった時代の遊び方についてお話を聞きました。
■攻略情報は「雑誌」と「テレビ番組」がすべてだった
――今と違って、当時は気軽にネットで攻略法を調べることはできませんよね。ゲームの情報はどこから手に入れていたのでしょうか?
ジャンクマン:もちろん友達との情報交換もありましたが、基本はゲーム雑誌でしたね。特に『ファミ通』は欠かせませんでした。中高生になると自分で買うようになり、読者投稿コーナーにハガキを出す「ハガキ職人」もやっていましたよ。四コマ漫画が掲載されたこともあります。
――それはすごい!どんな四コマを描いていたんですか?
ジャンクマン:『ストリートファイターII』のパロディ漫画を描いていました。当時は「ガバス」というファミ通オリジナルの通貨があって、それを貯めてゲーム機やグッズと交換することができたんです。今の雑誌にはないシステムだと思いますが、当時はあれが大きなモチベーションになっていました。
――週刊で情報を出し続けるというのは、よく考えてみるとすごいことですよね。
ジャンクマン: 本当によくネタが尽きないものだなと思います。誌面の内容は新作紹介が中心でしたが、発売直後のタイトルに関しては攻略情報も載っていました。毎週発売される雑誌を読みながら、「今週はここまで進めよう」と、誌面の進行に合わせてゲームをプレイしていたこともありますね。
他にも編集者の方々が新作に点数をつける「クロスレビュー」を参考に、どのゲームを買うか決めていた時期もありました。自分の好みに合うかどうか、点数やレビューの文章から想像を巡らせていたものです。
――雑誌以外に、何か情報源はありましたか?
ジャンクマン: テレビ番組ですね。テレビ東京系列で放送されていた『スーパーマリオクラブ』という番組は、当時の子供ならみんな見ていたんじゃないかな。新作ゲームの紹介や、子供たちがゲームで対決するバラエティー番組で、学校から帰ってきたらちょうど放送している時間帯だったので、毎週楽しみにしていました。任天堂のゲームが中心だったと思いますが、毎週ワクワクしながら見入っていましたね。
■本屋のおっちゃんに怒られながら…立ち読みの思い出
――今考えると、ネットでパッと検索するよりも、情報に価値があった気がします。
ジャンクマン:確かにそうですね。圧倒的に不便ではありましたが、その分、試行錯誤のプロセスに達成感がありました。攻略本も当時は高価で、あまり気軽に親に買ってと強請れるものではなかったんですよ。だから、基本的には本屋で「立ち読み」でした…。
――立ち読み、懐かしい響きです(笑)。
ジャンクマン:本屋のおっちゃんに怒られるんですよね。「帰れ!」って(笑)。だから、怒られる前に攻略情報をパッと頭に叩き込んで、家まで猛ダッシュして急いでゲームをプレイする。そして次の日また本屋に行って…の繰り返しです。今考えれば本屋さんには本当に迷惑な話ですが、不便なりに必死で情報を集めていたあの時間は、今思うと楽しかったですね(笑)。
■攻略本がないとクリア不能?「嫌がらせ」のような難易度
――そこまでして攻略本が必要だったということは、当時はクリアが難しいゲームも多かったのでしょうか?
ジャンクマン:多かったですね。ファミコン時代には、プレイヤーへの嫌がらせかとも思えるようなゲームがたくさんありました。攻略本がないと、まずクリア条件すら思いつかないような。
今、ゲーム配信でレトロゲームをプレイしていますが、当時の子供たちがどうやってクリアしたのか謎に思うようなタイトルも多いです。あまりの難解さに、「攻略本を買わせるために、わざと…
(以下略、続きはソースでご確認下さい)
4/24(金) 11:52配信 THE21オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/b1bced1fe6112b73b2812629827f8ada16e79430
https://news.yahoo.co.jp/articles/b1bced1fe6112b73b2812629827f8ada16e79430?page=2
引用元: ・【話題】ファミコン世代はゲームをどう攻略していた? ファミ通、友達との情報交換… [ひぃぃ★]
殆どクリア出来ずに終わってたな


