2026/06/03/ 07:00
哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
文部科学省は今年3月に辺野古沖で研修旅行中だった同志社国際高校の生徒を乗せた船が転覆し、生徒ら2人が死亡した事故に関する調査結果を公表し、この学習が学校の政治的活動を禁じる教育基本法14条に反しており、管理体制も「著しく不適切」と指摘した。そして、高校を運営する学校法人同志社に是正を求めた。京都府知事は同校への私学助成金の減額を検討する方針を示した。法律制定以来、政治的中立性違反が指摘されたのは初めてのことである。
これは生徒たちの基本的人権に対する権力からの公然たる「弾圧」だと私は思う。たしかに事故については学校に管理責任がある。それについて追及がなされることに私は反対していない。だが、この研修を「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」という法律に違反していると見なすことは論理的に無理筋だろう。
辺野古での米軍基地建設を見ることそれ自体はただの「観察」だからである。工事現場を見て、何を感じるかは高校生一人一人で違っているはずである。自然破壊に心を痛める生徒もいるだろうし、沖縄の分断の深さに傷つく生徒もいるだろうし、沖縄における米軍の圧倒的なプレゼンスに「アメリカには勝てない」と思う生徒や「日本の土木技術は世界に卓越している」と感心する生徒だっているかもしれない。生徒たちの誰が何を思うかは知る術もない。
基地見学そのものは価値中立的な行動である。同じ沖縄の嘉手納基地横には有名な道の駅がある。戦闘機観察の絶好のスポットなので、日本中の軍事オタクが集まってくる。彼らの多くは「米軍基地がいつまでもここにあって、目の前で最新鋭の戦闘機が見られること」をたぶん望んでいるだろう。
何かを見ることを「政治的活動」とみなすことは論理的に不可能なのである。あるものを見た時にそこで何を思うかは生徒たち一人一人の内心の自由に属するからである。
「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」と憲法19条には明記してある。私たちは同じ現実を見て、違うことを思う自由をこの条文によって保障されているのである。
※AERA 2026年6月8日号
引用元: ・【辺野古】「『見学』は価値中立的な行動 権力からの『弾圧』ではないか」内田樹氏 [少考さん★]
自由標榜してガキに強要した挙げ句にコノザマなんだろが
事故調査して是正に入った権力が、なんで弾圧するんだよ、アホかこの人。
生徒のこと、大学自治に居る活動家か何かと勘違いしてるデショ
お

