私たちが当たり前のように食べている米は、弥生時代に大陸から伝わり、人々の暮らしや社会を大きく変えた。その稲作の伝来時期については、長らく紀元前5世紀頃とする説が定説だったが、近年の研究では、その時期が約500年さかのぼる紀元前10世紀頃だった可能性が指摘されている。なぜ、これほど大きな差が生まれたのか。最新の測定技術によって見えてきた新事実と、稲作が日本列島にもたらした変化を、『だからわかる 新・古代史』(監修・伊藤賀一/編集・かみゆ歴史編集部)から一部編集して紹介したい。
■大陸から稲作が到来
渡来人によって日本に稲作が伝わったのは縄文時代晩期のことだ。縄文時代にもアワやキビなどの栽培を行っていたため耕作への抵抗感は薄かっただろう。アワ・キビよりも収穫が安定し、味も優れていた米は人々の生活を一転させた。そして、稲作が本格的に始まった時代を「弥生時代」という。
稲作は最初、九州北部から広まったとされる。福岡県の板付遺跡からは米を貯蔵するための弥生式壺形土器も見つかっており、稲作は九州を中心に全国に広がっていった。そして稲作と同様に、渡来人がもたらした青銅器や鉄器も普及し、人々の生活を変えていくことになる。
■再検証でのびた弥生時代
しかし稲作は一気に全国へ広がったわけではない。九州全域に広がるまで250年、西日本に伝わるまで400年の時間がかかったうえ、食料が豊富な東日本では稲作が根付かず縄文式の生活が続けられていた。食環境において日本列島のなかで地域差があったのだ。
また弥生時代の始まりは弥生土器の型式の移り変わりを調べた研究から、紀元前5世紀頃と考えるのが従来の定説だった。しかし2003年に行われた再調査の結果、紀元前10世紀にまでさかのぼる可能性があることがわかった。これは新説として有力視されているが確定には至っておらず、現在も研究者の間で議論が続いている。(以下ソース)
7/28(火) 7:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/401d84dc603be63c6098d29c18a71b08073b1471
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邪馬台国は播磨
ありがとう
韓国兄さん
邪馬台国は播磨ですわ
部落にされたから今さら邪馬台国と言えないんですわ
稲作も播磨からですわ
酒の発祥も播磨ですわ
秦氏ですわ
ゴッドハンダー
九州は嘘
稲作もちこんだのは秦やん
あきらかに
播磨やん
タイムスクープハンター明智





