フジテレビ、倉本聰さん追悼番組「北の国から ’83冬」10月9日に放送決定 連ドラ初回放送から45周年の節目
2026/10/02 05:15
https://www.sanspo.com/article/20261002-EHXO4ZJJXBG5ZPWF36TG7JXTLE/
フジテレビは、9月18日に逝去した脚本家・倉本聰さん(享年91)の追悼特別番組として「北の国から ’83冬」を10月9日午後9時より放送することを発表した。
1958年に脚本家デビューを果たした倉本さんは、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「やすらぎの郷」など、半世紀以上にわたり数々の名作ドラマを手掛けてきた。代表作の1つであるドラマシリーズ「北の国から」は、今回の追悼放送のちょうど45年前である1981年10月9日に連続ドラマとして放送をスタート。北海道・富良野の大自然を舞台に、主人公・黒板五郎(故・田中邦衛さん)と子供たちが泥臭く生き抜く姿を描き、社会現象となった。
今回追悼番組として放送される「北の国から ’83冬」は、1982年3月に放送終了した連続ドラマの約1年後に放送された、記念すべきスペシャルドラマ第1作。その後、2002年の「北の国から 2002遺言」まで21年間にわたり描かれた壮大なドラマシリーズの大きな足がかりとなった作品だ。
11月から五郎(田中邦衛)はクマさん(南雲佑介)と共に東京へ出稼ぎに出かけていたが、麓郷のわが家で正月を迎えるため、歳末に帰ってきた。けなげに小屋で留守を守っていた純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)は大喜び。そんなとき、みどり(林美智子)の息子の正吉(中沢佳仁)が家出をした。
「この雪の中をどうして…」と友だちの身を案じる純と蛍だったが、ようやく見つかった正吉は純たちの小屋で正月を迎えることに。正吉は身持ちのよくない母親に反発しているのだった。
年が明け、麓郷に沢田松吉(笠智衆)という老人がふらりと現れる。かつて五郎の父やみどりの父・杵次(大犮柳太朗)らと麓郷を開拓した草分けの一人で、一度は豆の景気で大成功した松吉だが、女に狂って妻子を捨て、30年前に駆け落ちして出ていったままだった。聞けば、東京で医薬品会社を経営し、今は会長職だという。すでに五郎の父や杵次も亡くなっており、松吉の身寄りは街のラーメン屋で働く孫娘の妙子(風吹ジュン)だけだったが、五郎たちはとにかく集落をあげて松吉のために歓迎会を開くのだった。
だがそんな折、五郎に思いもかけない難題が持ち込まれる。みどりの借金の連帯保証人として、700万円の返済義務を負わされてしまったのだ。小屋を建てて暮らしている土地二町一反そっくり取られてしまうことになり、真っ青になった五郎は金策に奔走するが――。
COMMENTARY解説
初回放送45年後の同日10月9日、追悼番組放送。
ネットでは地味な回との声が目立つ。
放送後にどんな反応が広がるかが、次の話題の分かれ目になる。
倉本聰さんは1958年に脚本家デビューし、「前略おふくろ様」などを手掛けた。北の国からは1981年10月9日に連ドラが始まり、83冬はその翌年に放送された初のスペシャルで、2002年まで続くシリーズの足がかりになった作品だ。ネット上では、人気作「初恋」は最近地上波で放送済みで、枠に収まる作品が「84夏」くらいしかなかったためとの見方もある。10月9日の放送を経て、他の作品も追悼企画として組まれるかどうかが分かってくる。
VOICESネットの声
5ch: ・【豆~】フジテレビ、倉本聰さん追悼番組「北の国から 83冬」10月9日に放送決定「麓郷に沢田松吉(笠智衆という老人がふらりと現れる…」
今見たらおもんないんだろうけどさ、きっと
まぁそんでよしやわ
何でこんな駄作を用意した小吉の俳優はもう引退してるのに
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