杏里には伝えず離婚届を提出
今年1月の集英社オンラインの取材に対し、「結婚式をあげたい」「義父の精子で子供がほしい」とまで言っていた坂口杏里。しかし、その願いが叶うことはなかった。
福島氏によれば「杏里の精神的な不安定さをいい方向に導きたい、支えたいと思っていたけど、本人にその気がなければダメなんだとわかった」という。いったい何があったのか。
――9月13日に離婚届を出したとのことですが、ふたりで届けたのでしょうか?
福島進一(以下、同) いえ。僕ひとりで届けました。実は今年5月にも離婚をするしないでもめて、そのときに署名捺印した離婚届を作ってたんです。
僕は8月24日から家を飛び出し、実家やネカフェに避難したりと別居してたんですが、荷物の整理をしに家に戻った際に離婚届を見つけたので、自分だけで新宿区役所に提出してきました。
――杏里さんには伝えなかったんですか?
提出前は伝えませんでした。
杏里も僕が家を飛び出した8月24日にInstagramのストーリーズに「離婚したくてたまらない」「あとは役所に持ってくだけ」と離婚届の入った封筒の写真を投稿していたので、杏里にもその意思はありました。
僕はとにかく疲れ果てていたので、提出後、杏里にショートメッセージで報告した後、着拒(着信拒否)してすべての連絡手段を断ちました。
「看護婦の態度が気に入らない」と入院を拒否
――着拒まで……。いったい離婚に至るまで何があったのですか?
いろいろありすぎて……。
でも、一番の原因は、これまでもインスタで発信してきたとおり、杏里の睡眠薬のオーバードーズによる痙攣や引きつけなどの発作や情緒不安定、攻撃的な言葉などです。
彼女は僕と出会う前から、おそらく10年近く、2種類の強い睡眠薬を服用していて、それを1日数十錠単位で飲み続けていました。
僕は何度も止めましたが「うるさい!」「やめたくてもやめられない」「何がわかるんだ」と口喧嘩に発展してしまうので、それも言えなくなってしまいました。
――これまでも何度か痙攣などを起こしたと報じられていました。
まさにオーバードーズを日常的に繰り返すなかで、5月には処方薬を一切飲まずに過ごして離脱症状がおき、緊急搬送されてしまいました。
そこで1日だけ緊急入院したのち、精神科のある都内の大手病院を紹介されて、そこで入院をすすめられたんですが、「看護師の態度が気に入らない」と拒否。
そのくせ睡眠薬を処方してもらうために、1日に何軒も心療内科に行く日々を送っていました。
――睡眠薬に依存しているような状況だったんですね。
続きはこちら
https://news.yahoo.co.jp/articles/8b4220d8c3098d1021df133f475359bdacc27c18
引用元: ・【坂口杏里と離婚成立】“元”夫が語る泥沼の結婚生活。「傷つけちゃったね。じゃあ私も傷つくわ」と2階から飛び降り…「僕の心は完全に折れました」