通信制高校と全日制高校の大きな違いは、学校に通学するかどうかだ。全日制高校では基本的に毎日通学して授業を受けるが、通信制高校では送られてくるデータや書類を使ってレポートを提出したり、テストを受けたりすることになる。
学校によっては週に何度か、あるいは年に何度か登校することが決まっているが、基本的には毎日登校することはない。
生徒にとって高校生活の花は、生徒同士で顔を合わせて友情や愛情を育むことだ。にもかかわらず、なぜその機会に乏しい通信制高校を志望する生徒が増えているのか。ある県の教育委員会はその理由を次のように述べている。
「多様な学び方を求める生徒が増加したため」
だが、現場の教師の声はこれとは異なる。通信制高校の志願者増加の裏側に光を当てたい。
不良文化が消えてゲーム・インターネット文化が台頭
一時代前まで、全日制以外の高校(通信制や定時制)に通うのは、ヤンキーのような不良というイメージだった。全日制に行けない、あるいは中退した生徒たちが通っていることが多かった。
だが現在は、通信制や定時制高校に限らず、暴走族を結成して非行をくり返すような昔ながらの不良はほとんど存在しない。20年ほど前から非行で検挙される子供の数が減っているのである。
大人の中には、こうした統計を根拠にして「子供の問題が減少した」と言う人がいる。
だが、これは大きな間違いだ。たしかに子供たちの問題行動が非行という形で現れることは少なくなった。だが、それと入れ替わるように別の問題行動が増えたのである。それが、不登校だ。なぜ非行に代わって不登校が増加したのか。一般的にはいくつかの理由から説明がなされている。
(中略)
■「人付き合い」が苦手な子供の増加
学校は何も卒業資格を取るためだけにあるのではない。生まれも育ちも違う同年代の人たちとかかわり、意見を交わしたり、力を合わせて何かを成し遂げたりすることで、人間として生きていく力を育むための空間でもある。その面が疎かになれば、子供たちの心の成長に支障が出てくる危険がある。さらに教員はつづける。
「2つ目としてあるのが、人付き合いが苦手な子が増えたことです。今の子供たちはどこへいても『アツ(圧力)を感じる』といいます。コロナの影響もあるのですが、それ以前から多様な人たちと自由に触れ合う機会を奪われています。
そのため、人と生身で接することをできるだけ避けようとする傾向が顕著なのです。だから、先生とも生徒とも直接かかわらずに済む通信制へ行こうと考えるのです」
生まれつき他者とかかわることが得意な子供はいない。大多数は最初は苦手でも、人と接していくうちにだんだんと慣れ、集団の中で生きていく力を身につけていくのだ。こうした努力をせず、苦手だというだけで避けてしまえば、ますます人とかかわることが難しくなる。それが本人の生きづらさを生むことも十分にあるだろう。
私は通信制の高校が果たす役割は大きいと考える立場だ。
これまで障害のある子供や、難病と闘う子供が通信制高校へ行き、そこで自分のペースで無理なく学びを深め、社会へ羽ばたいていった姿を数多く見てきた。それゆえ、通信制高校が増えることには賛成だ。
ただし、先の教員が危惧するように、通信制高校へ行く必要がない子供たちまでもが、それを選択しているのであれば、また別にしっかりと考える必要のある問題ではないだろうか。少なくとも、県の教育委員会が「多様な学び方を求める生徒が増加したため」といって終わらせていい問題ではない。
なぜ通信制高校の志望者が増えているのか。近年の傾向、そしてコロナ禍の影響との関係性は何なのか。もう一歩踏み込んで、この現象を考えていく必要があるのかもしれない。
取材・文/石井光太
※全文はリンク先で
引用元: ・「学校へ行くのは時間のムダ」。なぜ少子化の中で通信制高校の志願者は増え続けているのか? 現場教員が指摘する2つの要因 [七波羅探題★]
全日のFラン行くよりゃずっといいぞ
先生要らなくなりそう
公立の義務教育なんて人格三流の巣窟みたいな状態だったのは覚えてるが。
まともな先生は中学卒業までに1名しか会わなかった。