@tsujimotokiyomi午前11:07 2026年5月3日
https://twitter.com/tsujimotokiyomi/status/205075923347038250679回目の憲法記念日を迎えるにあたり、憲法審査会などで改憲を主張する人たちが挙げる論点を検証します。
①【緊急事態における衆議院の任期延長】→戦争の反省に基づいた「緊急集会」で対応できるから「必要なし」。またこの条項は日本側の提案であり、「GHQからの押し付け」ではない証左でもある
②【9条に自衛隊を明記】→何も変わらないから「必要なし」
③【緊急事態条項の制定】→政令で対応するよう常に準備すべきなので「必要なし」
④【教育の無償化や合区解消】→法律と予算でいますぐやるべきなので「必要なし」
基本認識について
「理想の国の姿を物語るのが憲法」(高市総理)→憲法は権力を縛るもの。憲法99条が、憲法擁護の義務を天皇、公務員に課していても、国民には課していないことからも明確。
「アメリカの心でなく日本の心を持った、私たちの時代の私たちの憲法を書き上げる強い決意」(高市総理)という押し付け論について→衆議院憲法調査会で5年かけて議論し、「その点ばかりを問題視し強調すべきではない」という報告書が出ており決着済み。
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以下詳細に論じます。
①【緊急事態における衆議院の任期延長】→戦争の反省に基づいた「緊急集会」で対応できるから「必要なし」。しかもこれは日本側の提案であり、「GHQからの押し付け論」ではない証左でもある
憲法第54条に規定されている参議院の「緊急集会」で対応できると考えます。
国会は二院制を採用していますが、1946年2月13日にGHQが日本政府に提示した「総司令部案」では一院制でした。
これに対して、日本側の強い意思により、現在の二院制になった経緯があります。
そして、衆議院解散時などの緊急事態への対応として、第54条に「参議院の緊急集会」が規定されました。
これは、戦争への反省に基づいた制度です。
大日本帝国憲法下、日中戦争が激化していた1941年2月に法律を改正し、1942年4月まで一年間選挙を延期し、国民に信を問うことなく、無謀な日米開戦に突入し、何百万人もの犠牲者を出しました。
帝国議会の憲法制定会議で、憲法担当の金森徳次郎大臣は
「戦前の緊急政令を認めないためにも参議院の緊急集会を設けた」
「緊急勅令は重宝だが、国民の意思を無視できる制度ともいえる。民主政治の徹底と国民の権利保護からすれば、非常の場合の暫定措置は、やはり行政権ではなく国会が行うべきだ」
と、戦争時の反省を踏まえて主張しました。
この歴史の教訓を踏まえるならば、安易に「緊急事態条項の制定」や「衆議院の任期延長」とは言えないはずです。
参議院の緊急集会という制度は、災害時の活用だけを想定しているのではありません。
後世の私たちが「同じ過ち」を繰り返さないための「戦争への歯止め」として、憲法に組み込まれた仕組みという側面があります。
私は、この「参議院の緊急集会」という制度は、戦争の惨禍を体験した先人たちの知恵から絞り出された「未来への贈り物」だと思っています。
そして参議院の緊急集会が日本側の提案で生まれたという経緯そのものが、まさに日本国憲法が「押し付け」でないことの証左です。
いまだに「アメリカからの憲法押し付け論」の呪縛にある人たちが、同じ口で「衆議院の任期延長」を言う前に、歴史を学ぶべきと考えます。
そもそも、大雪で災害が懸念される中、任期の半分にも満たない1年3カ月で衆議院を「自己都合解散」したり、憲法53条に基づく臨時国会の開会要求を無視したりする自民党が、衆議院議員の任期延長を伴う改憲を主張するのは矛盾しています。
>>2– 以降に続く
引用元: ・【立憲】辻元清美氏「79回目の憲法記念日を迎えるにあたり、憲法審査会などで改憲を主張する人たちが挙げる論点」の検証(長文)を投稿 [少考さん★]
例えば高市総理の「憲法になぜ、自衛隊を書いちゃいけないんですか。誇りを守り、実力組織として位置づける。当たり前の憲法改正をやらせてください」発言がそうです。
かつて私は安倍元総理との憲法論議で、「自衛隊を憲法に書き込んだら何が変わるのか」と質問しました。
答弁は「何も変わらない」でした。
「何も変わらない」のであれば、改正のための「立法事実がない」ことになります。
「自衛隊の誇りを守る」や「自衛隊に敬意をはらう」「自衛隊に感謝している」は、立法事実とは言えません。
立法事実も示せない憲法改正はありえないのです。
そもそも、自分たちの党大会で音楽隊員を利用し、問題になれば個人に責任を押し付ける。
どこに敬意があると言えるのでしょうか。
③【緊急事態条項の制定】→政令で対応するよう常に準備すべきなので「必要なし」
緊急事態条項の対象として、自民党などが挙げている事態は以下のとおりです。
①大規模自然災害事態
②テロ・内乱事態
③感染症まん延事態
④国家有事・安全保障事態
これらの事態については、
・災害対策基本法109条
・国民保護法130条及び93条
・新型インフルエンザ特措法58条
といった既存の法律の中に、
「緊急事態に際しては参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがない時は、内閣は、次の各号に掲げる事項について必要な措置をとるため、政令を制定することができる」
という規定があり、これを活用して対応できるよう議論が重ねられてきました。
日本はすでに、東日本大震災も新型コロナ禍も経験しています。
「憲法が改正できなければ対応できない」などと言うのであれば、政権を担う資格が問われますし、災害に直面するたび官僚が積み重ねてきた努力を否定することにもなります。
政令対応が必要な事項があれば、この枠組みに追加しておくことが現実的な対応です。
時間とコストをかけて憲法改正を行う必要はありません。
「物資の供給制限」「物価統制」「金融債務の支払い延期(モラトリアム)」なども、すでに想定されています。
緊急事態が発生してから考えるのでは遅く、平時から必要な対応を検討し、必要に応じて法律改正を行うことこそ立法府の責務です。
例えば災害対策基本法は、阪神・淡路大震災を受けて改正され、東日本大震災の翌年にも見直され、さらに南海トラフ地震を想定して2013年にも改正されています。
私は東日本大震災時、被災者支援の総理大臣補佐官を務め、被災地の首長の方々と共に対応にあたりました。
このときも「憲法改正すべき」との意見がありましたが、被災地の首長からは反対の声が上がりました。
地域ごとに状況が異なるため、政府の権限を強めるよりも、知事や市町村長の権限を強化すべきだという現場からの声でした。
危機を政治利用する形で改憲を主張する動きは今回に限りませんが、このときも現場とかけ離れた議論だったと言わざるを得ません。
いまも、本当の緊急事態を経験していない自民や維新の議員たちが、まるで「緊急事態条項を書き込むことが最重要」であるかのような「お花畑」な主張をしています。
日本は東日本大震災という、史上例のない複合災害に直面しました。
その中で、長年政権を担ってきた自民党政権が「原発神話」に依存し、十分な備えをしていなかった現実を目の当たりにしました。
第一次安倍政権時代、甘利明経済産業大臣は
「原子炉建屋は地球上に存在するすべての建造物の中で最強であることは間違いない」
「日本の原子力発電は一〇〇%安全」
と発言しました。
そして安倍政権は「津波による電源喪失はない」という答弁書を閣議決定しました。
福島第一原発が電源喪失する、わずか4年3カ月前のことです。
こうした認識の甘さが、国土の広範囲を危険にさらしかねない事態を招きました。
そんな状況下で、当時政権を担っていた私たちは、必死になって事態の収拾に取り組みました。
「2030年代原発ゼロ」のロードマップもその苦しみから生まれたものです。
必要なのは憲法改正ではなく、想定外を減らし、事前のシミュレーションを徹底することです。
政治のエネルギーはそこに向けるべきです。
>>3- 以降に続く
参議院選挙の合区は公職選挙法の改正で行われているため、合区解消も法律改正で対応すべきです。
いずれも、憲法改正が必要な理由にはなっていません。
ということで、私の結論は、上記の論点で憲法改正は「必要なし」。
本当に改憲が必要な立法事実が確認され、国民の中から改憲を望む声が広がって初めて、改憲議論が始まるべきだと考えます。
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最後に、高市総理の憲法観について。
高市総理は4月の自民党大会で「どのような国を作り上げたいのか、理想の姿を物語るのが憲法です」と「持論」を述べました。
しかし憲法は、権力を縛るものです。これは私の「持論」ではありません。
これは、憲法99条が、憲法擁護の義務を天皇、公務員に課していても、国民には課していないことからも明確な「定義」なのです。
そして、あらためて「憲法押し付け論」について。
高市総理はかつて「アメリカの心でなく日本の心を持った、私たちの時代の私たちの憲法を書き上げる強い決意」と発言しました。
こうした押し付け論は、すでに5年にわたり衆議院憲法調査会で議論され、結論が出ています。
実は第一次安倍政権で、私は同じ議論をしています。
辻元「押しつけ憲法論。(安倍)総理が、改正の一番の理由に、押しつけ憲法だったということを挙げているわけです。
ところが、憲法調査会、五年にわたって衆議院が議論した中でこの議論も取り上げられたわけですけれども、衆議院議長に院として提出した報告書ではこうなっております。日本国憲法の制定過程において、一連のGHQの関与があったことは確かであるが、その点ばかりを問題視し強調すべきではないという意見が多数であったと。押しつけだということを改憲の理由にはもはやできないというのが、うんうんと文科大臣もおっしゃっていますけれども、これが衆議院の報告書の一つの結論なんですね」
塩崎官房長官「押しつけだからどうのこうのという話を言っているわけではないわけであります」(平成19年2月27日、衆議院予算委員会)
このように官房長官も認めており、「憲法押し付け論」はすでに決着がついた、時代遅れの議論なのです。
今日は憲法記念日、しっかり憲法について考えたいと思います。

