Updated 2026/06/08 06:26:34
(前略)
国籍や宗派に関係なく、土葬を望む人たちを受け入れている寺の住職の言葉から多文化共生へのヒントを探った。(共同通信=吉永美咲)
(中略)寺がある京都府南山城村に向かった。
▽山奥の寺、土葬を望む日本人も
「こんな山奥まで、よう来はりましたなあ」。最寄りの無人駅から車で約30分。蛇行する山道を抜けると、在日2世の住職、崔炳潤さんが出迎えてくれた。
高麗寺は1975年に建立された禅宗寺院だ。国内のイスラム教徒の人口が増えて土葬の需要が高まってきたため、今から3年前に土葬を受け入れるようになったという。
崔さんに敷地内を案内してもらった。事務所を出て山手へ数百メートル歩くと、段々畑のような土地が目に飛び込んできた。宗教ごとにエリア分けして埋葬しており、今ではイスラム教徒の墓が約20区画あるほか、キリスト教徒や仏教徒などにも対応している。生前契約も含めると40区画ほどになり、中には「土に返りたい」と願う日本人も眠る。
崔さんによると、日本人で土葬を望む人には、家族の存在を少しでも長く、身近に感じていたいという人が多いという。
「『土葬にしてよかった』と言われるご家族が多いですね。火葬だと、亡くなった数日後には骨になり、お墓に入れてしまいますからね」
「家族が亡くなった現実をすぐには受け入れられない人や、少しでも長く一緒にいたいという人もいますが、火葬だとそうした人たちの気持ちを待ってはくれません」
日本人が埋葬された区画を柔和な表情で見つめながら、崔さんは言葉を続けた。
「すぐに埋葬しないのでエンバーミング(遺体の処理)をする必要はありますが、土葬であれば自分たちの中できちんと心の整理がついてから埋葬できますし、埋葬後も『ここに来れば(亡くなった家族の)存在を感じることができる』と喜ばれますね」
▽「住民との信頼関係を築けていた」
しかしなぜ、土葬墓地を開くことができたのか。実は、村には20年ほど前まで土葬の風習があった。取材前日、村役場向かいの小さな図書館で村史を調べると、これまで見聞きしたことのない葬送儀礼の詳細が記録されていた。
こうした背景があってか、墓地の建設協議では予想以上に早く住民と合意できた。
しかし崔さんは「風習は一因だけど、住民との信頼関係を築けていたのが大きい」と振り返る。
▽互いに歩み寄りを
崔さんは、土葬を巡る全国の現状について、イスラム教徒が地域に溶け込む努力も必要だと指摘した。
普段から住民と顔を合わせて言葉を交わし、地域の一員になる地道な努力が必要だと語る。崔さん自身は祭りや集会に参加したり、自分からあいさつをしたりするなど「できる範囲で当たり前のことをしてきただけ」と当時を回想する。
一方で、多くの日本人がイスラム教徒に漠然とした負の印象を持っているとも心配する。「イスラム教徒に限らず、外国人に警戒心や恐怖心を抱いている人は多いと思う。でも話してみると、実は似ていたり、同じ部分もあったりすることに気づくと思うんです」
崔さん自身も、韓国籍を理由に就職などで理不尽な差別を受けてきた過去がある。「差別を受けてきたからといって、差別をし返してはいけません。それでは差別の連鎖が続くだけですから」
土葬の受け入れに対して、SNSのアカウントに批判的なコメントが絶えないと明かす崔さんだが、一貫した思いを口にした。
「人は誰しもいつか死ぬ。亡くなったら国籍も何もないんですよ」
国や宗教を超えて人々が眠る墓地を見つめ、互いの歩み寄りを願う崔さんの言葉が重く響いた。
※全文はソースで
https://www.47news.jp/14433391.html
引用元: ・「絶対認めない」イスラム教徒の墓地建設を拒む住人…「当たり前のことをしてきただけ」土葬を受け入れる寺の住職が明かす共生のヒント [少考さん★]

