千葉県茂原市で今年3月、重度の障がいがある長女(当時29)を、水を張った衣装ケースに顔をつけて殺害したとして殺人罪に問われた母親(58)の裁判員裁判の公判が千葉地裁で行なわれた。
介護をし続けてきた母親は、昨年秋に自分と娘が生き続けるため負担を少しでも和らげたいと願ったがかなわず、娘の症状が悪化するのを見て、次第に「自分がいなければ娘は生きていけない」と思い詰め、2人で死のうとした。今はその選択を後悔しているという母親は、公判で泣きじゃくりながら娘に謝った。
「私も一緒に死んで天国に」事件当日の朝に電話
起訴状によれば無職のA子被告は3⽉8⽇の未明から早朝にかけ、自宅で長女のB子さんの顔を水を張った衣装ケースの中に沈め、B子さんを溺死させた。
B子さんは生後すぐに障害が判明し、その後、脳性まひによる両上肢・両下肢や体幹の重い機能障害と診断され、身体障害者手帳1級を交付されていた。最近はてんかんの発作が頻発していた。
そのB子さんと2人で暮らしていたA子被告は、デイサポートセンターによる介護サービスや訪問介護を受けながら、サービスのない時間帯は食事や排せつなどの介護を1人で担っていた。
その生活と事件の朝のことを近所に暮らす80代の男性、Cさんが話す。
「この辺りは日立の工場の従業員が暮らす家が60年ほど前に建ち始めたんだけど、A子ちゃんのお父さんが建築関係の仕事をしていて、自分で家を建てたんだよ。それで障がいがあるB子ちゃんのための6畳の部屋を建て増しして、A子ちゃんとB子ちゃんはそこで2人で寝ていたんだよ。
最近になってA子ちゃんは月イチくらいかな、うちに来て馬鹿話をするようになって、それで事件の朝に電話がかかってきたんだよ。『おじさん、大変なことしちゃった』って。
駆けつけると、2人の6畳の部屋は何もなく片付けられていて、隣の8畳間のマットかベッドの上でB子ちゃんがあおむけになっていた。もう顔が真っ白で一目でだめだってわかったよ。A子ちゃんは赤黒い顔をして『B子が死んだ。B子が死んだ』って泣き続けていて、着ていたパジャマがビショビショに濡れていた。
着替えさせようとしたら『着替えはない。捨てちゃった』って言うから、うちの亡くなった妻の服を出してきて着替えさせて、それから警察に電話したんだ」(Cさん)
「8畳間には水を張った衣装ケースが2つあった気がする」とCさんは話す。B子さんのベッドなどで雑然としていた6畳間はがらんとし、白い封筒が床の上にあった。遺書だった。
A子被告の服が濡れていたのは、風呂場で自殺を図ったためだった。A子被告は逮捕直後、「私が先に死んで、娘がかわいそうな境遇に遭うなら私も一緒に死んで天国に行こうと思った」と供述したと地元メディアは伝えている。
COMMENTARY解説
見捨てたのではなく休む場所を求めて断られた末だった。
昨年秋の入院申請は医療体制不足を理由に病院側が断ったという。
病院や施設側の説明は無く判決も示されていない。
母親は長年一人で重度障がいの娘の介護と両親の介護を担い、昨年秋に休養目的の入院を申し込んだが、病院側の体制が整わないとして断られたと公判で語られた。てんかん発作の頻発で施設への送迎も増え、追い込まれていった経緯は弁護人が説明した。一方、病院や施設側がどのような事情だったのかは記事からは分からず、量刑の判断もこれから示される見通しだ。
VOICESネットの声
5ch: ・〈千葉・重度障がいの長女を殺害〉介護を休むための入院もかなわず…母が法廷で語った後悔 求刑5年 [582792952]
A子被告はB子さんがまだ幼かった2002年に離婚。2022年には自宅で暮らしてきた両親も相次いで亡くなった。両親の介護もA子被告が担ったという。
Cさんによると、A子被告は週に数回、午前中の数時間だけパートに出ていたようだ。B子さんが平日の日中に通ったデイサポートセンターは、朝はB子さんを迎えに来るが、夕方はA子被告が車で施設へ迎えに行き、B子さんを自宅へ連れて帰っていた。
「A子ちゃんは『人(職員)がいなくてどうにもなんないから(夕方は自宅まで)送れないって(施設に)言われた』と話していた」とCさんは証言する。
そうしたぎりぎりの生活は、2023年にB子さんが施設で毎日大声を上げるようになってさらに厳しくなる。施設側がA子被告に「施設を代わることを考えてほしい」と言ってきたのだという。
9月15日の公判で弁護人は、この状況を「A子さんは真面目で施設に無茶な注文をするわけでもない。そうした人が、自分の子が預けている先で絶叫を2年近くずっとしている。施設からは『代わってくれ』と言われる。施設を探しても見つからない。どんどん追い込まれていったことは想像に難くない」と裁判員に訴えた。
2025年、医師から処方された薬を服用するようになるとB子さんの大声は収まった。一方、その後、てんかんの発作が毎日のように起きるようになる。そのたびに施設に迎えに行ったA子被告はパートを続けられなくなる。
「B子さんの命を守り幸せを実現しよう、というのがA子さんの人生のテーマでした。しかしてんかん発作の頻発はまさに命にかかわる事項だった。B子さんからは表情がなくなった。幸せではなくなることに直結する事項だ。Aさんの人生をかけたテーマの実現が困難になってきた」(弁護人)
昨年10月、A子被告は、介護者が一時的に休むために患者が短期間入院する「レスパイト入院」を地域の病院に申し込んだ。自身もうつ病を患っていたA子被告が、介護を休みたいとの意思表示をしたのは初めてだった可能性がある。だが、病院側は受け入れに必要な医療体制が整っていないとして断ったという。A子被告の休みたいという願いはかなわなかった。
少なくともこのときまでは、A子被告はB子さんを守る自分がつぶれてはいけないと考えていたことがうかがえる。
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